2017.11.08

口約束から生まれた10年目のコラボ

国井栄之(mita sneakers クリエイティブディレクター) × 植野隆充(CLUCT 代表)

今や日本を代表するスニーカーショップとして、国内外から圧倒的な支持を集めるmita sneakers。そのディレクションを担う国井栄之と、「ベーシック+α」をコンセプトにクラシカルなアメカジにアレンジを加えたオーセンティックウエアを作り出すブランドCLUCTの代表である植野隆充。公私に渡って親交の厚いこのふたりが、植野率いるCLUCTの10周年記念コラボレーション・プロジェクトのラストを飾るべく挑んだのが、「日本らしさ」と「アメリカンテイスト」というブランドのアイデンティティーを体現したスニーカー制作。そこに至る経緯から完成までの道のりを追いつつ、近いようでいて異なるジャンルで活躍する彼らを繋ぐ<絆>にまで迫った。

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あえて肩書きを名乗るなら、スニーカーの全てに携わる<何でも屋>ですね(国井栄之)

左から国井栄之(以下、国井)/ 植野隆充(以下、植野)

—スニーカーとアパレルという、非常に近くにありながらも異なるジャンルで活躍するお二人ですので、まずはそれぞれの経歴から教えてください。

国井

10代の頃はカーレーサーを目指していたんですが挫折してしまい……そろそろ仕事をしなきゃなって考えた時に、自分がトレーニングで着用していたNIKEのAIR MAX 95なんかが雑誌やメディアの影響で一気に盛り上がっている反面、海外と違って日本ではオフィシャルのコラボレーションがまだ存在していないのを知って。ならば、自分がそれを実現させたいと1996年にmita sneakersに入社し、今年で21年目になりました。

ーなぜスニーカーを選んだんですか?

国井

車とスニーカーって基本構造が一緒なので理解できるかなと思ったのと、何かモノを作ってみたいと考えたときに世界共通のフォーマットで作られているスポーツブランドのスニーカーが、世界を相手にする際に表現をするキャンバスとして最適だったからですかね。で、入社したばかりのアルバイト時代にいきなりNIKEに行って「企画提案させてください!」って無謀な直談判でしたが……。

ー怖いもの知らずですね(苦笑)。で、結果は?

国井

それが実現しちゃったんですよ。なので急いで「NIKEとプロジェクトすることになったんで、すぐに仕入れのバジェット用意してください!」って会社に事後報告(笑)。で、そこから今に至るという感じですね。現在は弊社のコラボ企画すべてのディレクションはもちろん、僕個人として各メーカーのインライン企画などにも関わっていたりもするので、半分はmita sneakersで半分はフリーターみたいなもんです。

ーmita sneakersにおける肩書きはクリエイティブディレクターですが、フリーとしての肩書きは何になるんでしょうか。

国井

そうですね、元々1つのことをやり続けるのが苦手というのもあって、デザインもするし、マーケティングのプランを組んだりもするので……スニーカーのすべてに携わる<何でも屋>ですかね。基本的にスニーカーという軸がある上で、他店との差別化から始まり、日本のスニーカーカルチャーが成熟してからは世界の中で存在感を示すように、そして現在はその世界中で展開されるインラインにも関わるようにと、求められることの規模感は大きく変わってきていますが、何でも屋というのは変わらないですね。


お互いプライベートで共通点も結構あるので、そこは相談したりされたりで(植野隆充)

ー植野さんも国井さん同様、元々はモノ作りをする側ではなく、それを売って広める側だったそうですね。

植野

元々、アメリカの服が好きだったので衣類の輸入販売会社でインポート服のディストリビュートをやっていました。そうしているうちに「自分でも服を作りたい」という想いが強くなり、先輩と一緒に退職して独立。その先輩とアメリカ在住のデザイナー、香港在住のデザイナーと共に、FIBEROPSっていう多国籍的なブランドを立ち上げて。

ー当時はストリートファション誌にもいつも掲載されていたし、人気があったのを憶えています。

植野

その後、一番尊敬していた先輩であり香港在住のデザイナーのTaboさんが亡くなってしまったのもあり、再び独立して彼の意思を継いで10年前にスタートさせたのが、このCLUCTで。そこから10周年を迎えて今に至ります。

ー続いておふたりの関係性を知りたいのですが、そもそもの出会いは?

植野

そのFIBEROPS時代ですね。雑誌の編集者さんから「紹介したい人がいる」って会ってみたら、すぐにみんなと意気投合して。とはいえ、当時の僕はセールス担当だったので、お互いクリエイターとしてモノ作りを一緒に出来るようになったのは独立してからですが。

ーそこから、どのようにお二人の仲が深まっていったんですか?

植野

展示会に来てもらって打ち上げで飲みに行ってというのを繰り返しているうちに、周りにいるクルーとも仲良くなり一緒に遊ぶようになって。それに、お互いプライベートな部分で共通点も結構あるので、そこは兄貴として相談に乗ってもらったり、逆に相談されたりと(笑)。

ーPuma × CLUCT × mita sneakersのコラボスニーカーが11月11日にリリースされますが、これはどんな経緯から生まれたモノでしょうか。

植野

今年でCLUCTが10周年を迎えたので、シーズンを通して様々なブランドやクリエイターと一緒にコラボアイテムを作ってきた中で、「メイド・イン・ジャパンで服を作っているんだから、スニーカーを作るなら日本を代表するmita sneakersにお願いしたい!」というのと……。

国井

数年前から「10周年のタイミングで一緒に何かやろうね」って話していたので、ちょうどそのタイミングが来たから「じゃあ、やろうか!」っていう、本当に自然な流れでしたね。

Puma × CLUCT × mita sneakersコラボレーションビジュアル

1番のポイントは、この素材と染めによって生まれる経年変化ですからね(植野隆充)

ーコラボ作ならではのポイントを教えてください。

植野

以前、PUMA SUEDEのMIDカットでインディゴブルーをまとったスゲェカッコいいコラボレートモデルを、mita sneakersが作っていたんですよね。そのイメージが頭の中にあって。「でも、ウチのスタイルならLOWカットの方がマッチするんじゃないか」ということで、このモデルをセレクトしました。

ー確固たる完成形のイメージがあったとはいえ、鉄板のブラックではなくインディゴを選んだのは何か理由が?

国井

着想の出発点となったのはタカくん(植野)の作るプロダクツでした。今回アッパーに採用したインディゴ=デニムってアメカジの象徴でもあり、藍染めという部分では日本らしさも持ち合わせている素材じゃないですか? タカくんが作るCLUCTのプロダクツがまさにそれで。ブランドの10年間を体現するデザインを考える際に「見た目に奇をてらうのではなく『日本らしさ』と『アメリカンテイスト』というブランドのアイデンティティーが見え隠れするモノがいいよね」となってこの形に仕上がりました。

ーたしかに深みのあるインディゴブルーのスウェードアッパーに目がいきますね。

Puma × CLUCT × mita sneakers のコラボスニーカー

植野

このスニーカーの1番のポイントは、素材と染めによって生まれる経年変化(使いこんでいくうちに製品が変化していくこと)ですからね。たまに履くだけでは本当の良さを味わうことができず、デニムパンツと一緒で、履けば履くほど自分に馴染んでくれます。

ーまた、シュータンにはL.A出身のグラフティアーティスト、チャズ・ボホルケスの手によるグラフィックが鎮座。さらにサイドのネームもポイントですよね。

植野

今回、10周年コラボの第1弾としてチャズに描いてもらったグラフィックをシュータンに落とし込みました。ただ、それだけでは10周年なのに自分らしさがないんじゃないかと感じて、サイドに型押しプリントしたCLUCTとmitaのネームは僕が描かせてもらっています(笑)。

国井

しかもレギュレーションが変わって、今回のコラボを最後にサイドのネーム変更が出来なくなったので、そういう意味でもメモリアルなモノになりましたね。


「諦めちゃいけない、最後はなんとかなるぞ!」って改めて思いました(植野隆充)

ー外観はもちろんですが、表からは見えないインソールにもこだわっていますよね。

植野

インソールにはmita sneakersのアイコンであるCHAIN LINK(金網)と各々のロゴマークが入り、さらにパッと見では分からないトゥ部分に、これもチャズが描いた“コンサ・ホス”(アメリカ西海岸のチカーノたちが信頼関係を表す際に使用するマーク)と国井さんを象徴する「東京改」のグラフィックがプリントされています。10周年のスタートを飾ったチャズのグラフィックとそれぞれのアイコンを落とし込むことで、10周年のCLUCTとmita sneakers、そして僕と国井さんのフレンドシップを表現しました。

ー服作りのプロとスニーカーのプロ。お互い相手が出したアイデアに対して意見を言い合ったりもしたんですか?

植野

10周年記念のコラボアイテムなんで、少なからず悩みはしましたが、デザインに関してはすごくスムーズに進んで、国井さんが100%リクエスト通りにしてくれました。ただイメージしていたインディゴブルーを出すのにはかなり手こずりましたが……。

国井

合成染料のインディゴを使えば狙った色合いも簡単に出せたんですけど、経年変化が楽しめるようにするには天然インディゴで染める必要があったので、難しかったですね。シューズとしてのサンプルを作ったのは3回ですが、インディゴで何度染めにすれば理想のカラーリングになるのか、工場とやり取りして貰い何度もトライしました。

植野

実は思ったように色が出なくて妥協しそうにもなったんですよね(笑)。もうブラックでイイんじゃないかって。でも、そこで諦めずに粘った結果、理想のカラーリングが出て。「諦めちゃいけない、最後はなんとかなるぞ!」って改めて思いましたね。

国井

タカくんがモノ作りの際に妥協をしないので、素材の色合い、インソールなど一見すると伝わりづらい部分に注力しつつ、時間が許す限りベストを尽くしたつもりです。



Puma / CLYDE FOR CLUCT MITA “CLUCT × mita sneakers”


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