2018.12.18

マルチ・ミュージシャンの共創

世武裕子(ミュージシャン)

「基本的に私は誰かと共に物を創るのが無理なタイプではあるんです」インタビュー中、世武裕子はそう言った。だがMr.ChildrenやTK from 凛として時雨をはじめ、様々なアーティストサポートやサウンドアレンジ、楽曲提供の他、連続テレビ小説『べっぴんさん』や映画『リバーズ・エッジ』、『日日是好日』、アニメ映画『君の膵臓をたべたい』などの劇伴、シンガーソングライターと、音楽において様々な顔を持つ世武は誰よりも「共創」を楽しんでいるようにもみえる。今回、そんな世武の活動や、ニューアルバム『Raw Scaramanga』の中から生まれた「共創」について語ってもらった。

「自分がどうやって蛇のように絡んでいけるかという挑戦こそが面白いんです」

ー約2年ぶりにニューアルバム『Raw Scaramanga』をリリースされましたが、「 Scaramanga(スカラマンガ)」は『007 黄金銃を持つ男』の敵役から取った名前だとか?

世武

『007』シリーズが大好きなのですが、敵役のスカラマンガという名前と、美学はやたら掲げている割に作りはめちゃくちゃな、あの 迷走期の『007』にシンパシーを感じて(笑)。他にも記憶に残っているキャラクターはたくさんいますが、クリストファー・リーが格好良いと思っていたので、もし「世武裕子」という名前でないなら「スカラマンガ」が名前として良いと思っていたんです。

ー元々アルバム名ではなく、アーティスト名にしようと思っていたのもそういう理由だったんですね。Instagramの謎のアカウント「@r__scara」も気になっていました。

世武

そうです。最初は名前として使いたかったんですが、話し合いの結果、結局最終的にはアルバム名になりました。名前だけでなく、それが単語だったとしてもその単語が持っているイメージに囚われてしまうことってあると思うんです。よく言えばフィットしているとも言えますが、名前は特に囚われた感じが顕著に出るので、自分の名前に疲れてしまったところもあって。名前があるがばかりに、そこに絡め取られちゃっているというか……。

ーそれは一種の<らしさ>みたいなことですか?

世武

そうですね。現実の私と関係ない感じが一人歩きしたりとか、そういうことが面倒くさくなったので、1から出直すではないですが、誰でもない、何でもないところから純粋に音楽を聴いて欲しかった、みたいな気持ちでした。でも結局はすべて「世武裕子」に統一して、スカラマンガはアルバム名になりました。

ー今作は聴き終わった後、すごく不思議な気持ちになりました。映画を観終わって外に出た時、現実世界のピントに合わせられない感じに似ているというか。でも世武さんの歌声やピアノ、シンセ音が余韻のように頭に残っていて、悪い意味ではなく単純に「アルバムよかったです!」では片付けられないというか。

世武

ありがとうございます。今作は自分が良いと思った曲を作ってまとめただけなんですが、あえてこじつけるならば(笑)、私はパリとか音大とか高尚でアカデミックで……みたいなことをすごく言われてきて、もうウンザリしてまして(笑)。そう言われると「あなたは私の何を知ってるの?」と心閉ざしちゃうっていうか。作品を聴いて良いと感じてもらえることはとても嬉しいし、どういう部分が良いかは人それぞれ自由だと思うんです。芸術作品はそういうものだから。でもこちら側の意図なんて絶対に分からないのに「世武さんってこうだから、この作品はこうですよね」と決めつけられると、首を傾げたくなる。前情報や知識があればある程そう言ってくる人が多いんですけど、的を得ているなぁ!と思う人にあまり遭遇しない。

ーなるほど。

世武

だから「何か分からなかったけど格好良かったです!」ってお客さんに言われている時の方がよっぽど嬉しい時もある(笑)。さっきの名前の話に通じることですね。自らもっと固定概念を剥がしていかないと駄目だなぁとは思っています。

ー「1/5000」は映画『生きてるだけで、愛。』エンディング・テーマですが、関根光才監督からの曲に対しての要望などはありましたか?

世武

頂いたリファレンスから監督の真意を読み取るのに珍しく苦労して、いつもより修正を重ねました。 この時は『日日是好日』と『君の膵臓をたべたい』も同時進行していたので、あまり時間をかけられなくて、決められた時間の中で修正を繰り返していたんですけど、それでも監督の意図を汲むことが難しく、今までの劇伴の中では一番苦労したかも(笑)。作りながら手探りで理解していって、実際できた作品を観た時は安堵しました。私のファーストインプレッションの終わり方とは少し違いましたが、最終的に「これだ」というところに落とし込めたので良かったです。

ーこの曲は歌詞を世武さんと御徒町凧さんが共作されていますが、きっかけは何でしょう。

世武

森山直太朗さんのレコーディングです。御徒町さんが書いた歌詞に対して直太朗さんが「自分が歌うならこのフレーズはちょっと違う気がする」という話をしていたんです。ちょうど私の音楽が分かりづらいと言われる理由は何なんだろうと考えていた時期で、言葉の使い方も音楽も独特すぎるのかもしれないと思い、もう少し論理的な目線の第三者がいたら面白いかもと考え、御徒町さんにお願いしました。

ー共作の場合、どうやって歌詞づくりをされるんですか?

世武

共作というよりも、私が作った歌詞を添削してもらうと言った方が合っているかもしれません。基本的に私は誰かと共に物を創るのが無理なタイプなんです(笑)。私、People In The Boxの波多野(裕文)君が大好きで、波多野君の作った曲も大好きなんですが、もし一緒に曲を作ろうとなっても、多分、無理(笑)。やることがないんじゃないかな。だって自分で完結させた方が絶対によいですよ、お互い。例えば、そこに私が作ったメロディを入れる意味が分からないし、何をして良いかも分からない。完成した曲にアレンジしたり、ピアノを弾くのは良いんです。でも誰かと作曲をするという状況は想像できないですね。自分が作った曲に対して人に介入して欲しくないし、人のにも介入したくない。そもそも私は曲を作る際、最後まで一気に書き上げちゃうから介入する前に終わってますしね(笑)。

ーこの曲はMVも関根監督がメガホンをとって主演の趣里さんが出演。趣里さんの存在感の強さに目を奪われましたが、MVを作る上で逆に監督へお願いしたことは?

世武

今までのMVはストーリーの流れや衣装まで自分の要望を伝えていましたが、「1/5000」に関しては第一に、光才さんが曲を気に入ってくれていて、その上で監督主導で作りたいと言われた映像作品です。それに趣里さんが踊られる方だっていうのも知っていたので、一切お任せしました。「Vega」に関しては、田中裕介さんの作品が大好きで感性を信用していたので、一から全部説明しなくても分かってくれる人だろうと思い、こちらも完全にお願いしました。

ー完成した「1/5000」のMVを観られていかがでしたか?

世武

趣里さんのあの雰囲気が曲にぴったりですね。映画ともまた違うけど、同じ女優さんなのでリンクしているところがあるし、光才さんの監督としての持ち味というか、生命の美しさを凄く感じる画が多かったのでやはり作って頂いてよかったです。

ー「Vega」と「John Doe(feat.Chris Dave)」にクリス・デイヴ氏を迎えていますが、以前からのお知り合いだったんですか?

世武

プレイヤーとしては勿論知っていましたが、『リバーズ・エッジ』の劇伴からご一緒しているエンジニアの小森雅仁さんが、宇多田ヒカルさんのエンジニアを担当していた関係もあってクリス・デイヴと知り合いだったんです。それで「世武さん、合うんじゃないですか?」と言われて聞いてくれたのがきっかけでした。

ークリス氏自身のプレイでは音数が多いですが、歌ものになるとシンプルになるイメージがあるんですが。

世武

クリスは割と叩くイメージでしたけど、実際始まったらシンバルすら出してこなくて、逆にお願いしたくらい。「あの、ライヴで使ってるクルクルのシンパルは?」って(笑)。でも小森さんは「録音でシンバル叩いてるのはほとんど見たことない」と言っていました。ただそれは決して手を抜いているからではなく、歌ものに関しては最初からそういうコンセプトみたいで、ご本人も必要な音しか出したくないって言ってて。「Vega」でもシンバルお願いしたら、「ここで打つ!?」というところで入れているし。

ーそれは逆に面白いですね。

世武

多分「普通はここで叩く」ということに興味がない人だと思うんです。

ーそれはきっと世武さんも同じですよね。

世武

そうですね。

ー伺えば伺う程、それこそ普通とは違う世武さんならではの「共創」の形を見た気がしました。

世武

それはあるかもしれません。人と共創したくないのかというと、そんなことは全くないし、人と物を作る楽しさは強く感じています。そうでなければライヴのサポートを何故やるの? ってなっちゃいますもんね(笑)。むしろみんなにも「自分の音楽があるんだからサポートばかりやらないで自分の音楽に取り組めば?」と言われることもあるんですけど(笑)。サポートや映画音楽って、決定権を持っている別の人がいる為、自分の思い通りにいかないことも多いんです。でも、そういう中で自分がどうやって蛇のように絡んでいけるかという挑戦こそが面白いんです。こうみえて、性格がエンターテイナーというか、誰かに喜んでほしい、みたいなところもあって。「共創」って、一緒にパーツを組み立てて作るパターンと、全く独立した個々を集合させた時に、結果として何よりも強く共創するパターンがあると思うんです。私は後者のタイプなので、そういうスピリットで繋がっているからうまくいく人間関係と共創関係が、自分の中で一番心地よくて楽しい形なのかなぁと思います。

INTERVIEW&TEXT:秋山雅美
PHOTO:垂水佳菜

世武裕子(セブヒロコ)

葛飾生まれ、滋賀育ち。シンガーソングライター、映画音楽作曲家。Ecole Normale de Musique de Paris 映画音楽学科を首席で卒業。帰国後、映画やテレビドラマ、数多くのCM音楽を手掛ける傍ら、シンガーソングライターとしても活動を開始する。シンガーソングライターsébuhiroko名義では第一作「WONDERLAND」に続き、ダーク、踊れる、プログレッシヴ、ミニマルミュージックをテーマにより色濃い世界を描く第二作「L/GB」を発表。
『リバーズ・エッジ』『ママレード・ボーイ』『羊と鋼の森』劇場版アニメ『君の膵臓をたべたい』をはじめ、10月公開『日日是好日』11月公開『生きてるだけで、愛。』など2018年公開映画の音楽も数多く担当している。ピアノ演奏・キーボーディストとして西野カナ、森山直太朗、Mr.Childrenのレコーディングやライブなどにも参加するなど、幅広い活動で注目を集めている。

INFORMATION

『Raw Scaramanga』in Tokyo
‪2019年1月14日(月・祝)WALL & WALL(東京)‬‬‬
OPEN/‪18:30  START/‪19:00‬‬‬‬‬‬

『Raw Scaramanga』in Kyoto
‪2019年2月22日(金) 京都CLUB METRO‬‬‬
OPEN/‪19:00  START/‪19:30‬

RECOMMEND